わたしとは全ての根底に在るもの
そこに何かが有ると言うにはわたしがなければ
ならない。
わたしがなければわたしは存在するとさえ
言えからである。
ゆえにわたしとはわたしは在ると言う事さえ
超えている何かであり、
全てを可能にする可能性であり、
それは不可視なものである。
そこに結果として現れている出来事が
あることで、わたしはわたしをその可能性で
在る事を知る。
そこに変化する世界がある事で、
わたしは不動である事を知る。
そこに物事が有る事で、
わたしは無である事を知る。
人々は有る事の中で真実を探ろうとするが、
わたしはそこに真実が無い事を知る。
何故ならわたしが真実であるからだ。
人々は存在していると言う感覚が
ある事でそれがわたしだと思いなし、
わたしは存在すると思いなす。
わたしはそこに存在の感覚がある事で、
わたしはそれではない事を知り、
わたしは存在しない事を知る。
出現と消滅を繰り返す感覚と
同化する多くは消滅を恐れるのだ。
わたしは恐れない。
何故ならわたしは無であり、存在する事も
存在しない事もないからだ。
そこに生と死がある事で、
わたしは生も死も無い事を知る。
そこに全てが有る事で、
わたしは空っぽだと悟るのだ。